東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1828号・昭53年(ネ)1760号 判決
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【判旨】
1 <証拠>を総合すれば、本件事故が発生した道路(国道一三二号線)は、車道幅員一六メートル余で中央線の表示が施された見とおしのよい舗装道路であるが、藤木は、右道路北側車線の縁石線から約二メートル離れた場所を川崎駅方面に向け時速約二〇キロメートルの速度で本件バスを運転進行し、藤崎一丁目停留所の約三〇メートル手前に到達した際、客扱い進備のため時速約一五キロメートルに減速するとともに、方向指示器によつて左折の合図をしたが、その際、同バスの後方から時速約四〇キロメートルの速度で進行してきた第一審被告佐藤運転の前記自動車(以下「佐藤車」という。)が本件バスを追抜きざまにその進路に割込む態勢となつたため、藤木は、咄嗟に佐藤車との接触を回避すべく左にハンドルを切ると同時に縁石又は歩道上の街路樹との衝突をおそれて同バスに急制動を施した。その結果、本件バスと佐藤車は、同バスの右前部スカート部と佐藤車の左側後部フェンダー部が擦過し、両車両とも特に修理を必要としない程度の損傷を受けたにとどまつたが、前記認定のように、本件バスの立席にいた第一審原告は、本件バスの急制動による反動によつて、その場に転倒負傷するにいたつた。本件バスは、定期路線バスであつて、その乗車定員は、座席二八、立席三八、その他一の六七名であるが、本件事故時における乗客数は約六〇名であつて、第一審原告を含む約三〇名が立席にいた。以上の事実が認められ、右認定を妨げる証拠はない。
ところで、乗客をのせたバス、ことに立つている客をのせたバスが急停車した場合、客が慣性の作用で今までの進行方向によろけたり倒れたりする結果車内の手すりその他に衝突して怪我をするおそれのあることは明らかなところであるから、バスの運転手は、真にやむをえない場合、すなわち急制動の措置をとらなければ、急制動による以上の重大な被害が予想される場合、例えば他車との正面衝突、転落等を避ける場合のほかは急制動をしてはならないし、またそのようなやむをえない状況におちいることを防止するため、常に前方のみならず側方、後方等の安全を確認し、同じく制動をかけるにしても早目に危険を察知し、緩制動によつて乗客の安全を確保できるように注意する義務があるといわねばならないところ、本件において藤木運転手が、仮りに二、三秒(時速一五キロメートルの場合、三秒間の進行距離は12.5メートルである。)早く佐藤車の異常な走行に気づき、それだけ手前の地点から比較的緩かな制動を開始し、実際に停車したのと同じ位置で停車していたとしたら、第一審原告に生じた傷害を避けることができたであろうと考えられる一方同運転手が実際に急制動をかけた時点以前において、前記の注意義務を完全に尽くしていたか否か換言すれば、如何に注意を尽くしても佐藤車の異常な走行を予測しえなかつたか否かについては、本件全証拠によつても必ずしも明らかであるということはできない。
そうして見ると、第一審被告川崎市の免責の抗弁は、自賠法三条但書所定の他の要件の存否について判断するまでもなく失当たるを免れない。
(石川義夫 寺澤光子 原島克己)